著名人一覧
玉野市に縁のある著名人
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- いしいひさいち(漫画家)
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1951年生まれ。玉野市立宇野中学校、玉野高校出身。
1972年、関西大学在学中の「oh!バイトくん」でデビュー。
1979年に『がんばれ!!タブチくん!!』が刊行され、アニメ映画化されるなど一躍ブレイクする。
朝日新聞朝刊に掲載中の『となりのやまだ君(現「ののちゃん」)』が、1999年に『ホーホケキョ となりの山田くん』としてスタジオジブリで映画化。
過激な毒舌を展開しながらも、可愛らしいキャラクター作りで、どこか憎めない話に仕立てるその手腕は非常に高く評価される。
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- 一条ゆかり(漫画家)
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1949年生まれ。玉野市玉中学校、玉野市立玉野商業高等学校出身。
第1回りぼん新人漫画賞準入選・受賞作「雪のセレナーデ」で、1968年(デビュー。
以後、売上累計2500万部突破の「有閑倶楽部」を始め、「デザイナー」「こいきな奴ら」「正しい恋愛のススメ」など代表作多数。「有閑倶楽部」は2007年ドラマ化された。
雑誌「コーラス」で連載した最新作「プライド」で2007年文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。同作は2009年に映画化、2010年には舞台化されて好評を博した。
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- 内尾和正(イラストレーター)
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1959年生まれ。玉野市立第二日比小学校、日比中学校、玉野高等学校出身。大阪デザイナー学院イラスト科卒業。
大阪でフリーのイラストレーターとして独立し、主にエアーブラシによるリアルによるリアルイラストを制作。
1993年、アトリエを大阪から岡山に移転する。
HUMANエンターテインメントコンテスト入賞を始め、エボリューションデザインコンテスト入賞、SKIPクリエイティブヒューマン大賞最優秀賞など、数々の賞を受賞。
1999年には、映画「ファイナルファンタジー」のマットペイント&コンセプトアート制作に携わる。
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- オーケイ(お笑い芸人)
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1972年生まれ。小島弘章(左)と岡山祐児(右)の漫才コンビ。松竹芸能所属。玉野高等学校出身。
ある日、テレビ番組のロケに遭遇し、インタビューで二人が漫才めいたやりとりをしていたところ、漫才師になったらいいのにと勧められ、お笑い芸人を志すようになる。
コンビ名は2人のイニシャルから付けられた。
小島氏は、収納王子コジマジックとして、テレビ番組や雑誌、収納セミナー等で収納術を披露している。
2011年、玉野ふるさと大使任命された。
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- 高嶋哲夫(小説家)
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1949年生まれ。玉野市立築港小学校、宇野中学校、県立玉野高等学校出身。慶応義塾大学工学部卒業、大学院修士課程修了。日本原子力研究員を経て、カルフォルニア大学に留学。1979年、日本原子力学会技術賞受賞。
1990年、「帰国」で第24回北日本文化賞を受賞。1994年、「メルトダウン」で第1回小説現代推理新人賞受賞。1999年、「イントゥルーダー」でサントリーミステリー大賞受賞。2007年に「ミッドナイトイーグル」が映画化された。
代表作に「M8」「TSUNAMI」「ダーティ・ユー」などがある。
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- 土屋賢二(哲学者・エッセイスト)
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1944年生まれ。玉野市立宇野小学校、宇野中学校、岡山市立丸の内中学校、岡山操山高等学校を経て、東京大学文化部哲学科へ。
東京大学助手を経て、1989年にお茶の水女子大学教育学部教授に昇格。2002年から2年間、同大学文教育学部学部長を務めた。2010年定年退職、名誉教授。研究の傍らユーモアエッセイを執筆。
学術論文をパロディ化したような独特の作風が特徴。
ときおり著書にイラストを描くいしいひさいちは同郷で、「ののちゃん」の中に「ツチノコ教頭」として氏を登場させている。
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- 寺田克也(漫画家・イラストレーター)
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1963年生まれ。玉野市日比中学校、岡山県立岡山工業高校工業デザイン科卒業後上京。、阿佐ヶ谷美術専門学校卒業、在学中からの仕事の流れでそのままフリーランスで活動開始。
マンガとイラストの分野での活動10年目あたりから、運の良さも手伝って仕事に恵まれ現在に至る。
出版、ゲーム、映画、舞台などの分野で活躍中。主な仕事にマンガ「西遊奇伝・大猿王」、キャラクターデザインでは、ゲーム「探偵・神宮寺三郎シリーズ」「バーチャファイター2」、アニメ「BLOOD THE LAST VAMPIRE」、映画「ヤッターマン」などがある。
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- 正子公也(絵巻作家)
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1960年生まれ。玉野市立宇野小学校、宇野中学校、県立玉野高等学校出身。中央大学理工学部卒。大学在学中、漫画家・寺沢武一氏に師事。現代を代表する歴史・武将イラストの第一人者である。
現在、その活動は二次元を越えて広がっており、映画「PROMISE-無極」で衣装デザイン、「どろろ」でビジュアルコンセプトデザインを担当した。
主な作品は「絵巻水滸伝 梁山豪傑壱百零八」、戦国武将絵巻「IAPONIA」ほか多数。
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- 八木裕(元プロ野球選手)
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玉野市立胸上小学校、東児中学校から岡山県立岡山東商業高等学校へ入学。
高校卒業後、三菱自動車水島を経て、1986年ドラフト3位で阪神に入団する。
レギュラーに定着後は長距離砲として活躍。
ベテランになってからは代打としての適性の高さを見せ、1997年には代打率4割、1998年にも開幕からしばらく代打率5割以上をマークするなど、ここ一番の場面で登場する代打の切り札となった。
その後も絶好の場面で好打を放つことから「代打の神様」と呼ばれ、球場を大いに沸かせた。
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- 山地司(画家)
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1960年生まれ。第二日比小学校、日比中学校、水島工業建築科卒業。
1981年に「出版デザインセンター」に入社し、イラストレーションスタジオ「ARTIST」勤務を経て独立し、1985年に『スタジオCOMP』を設立。
1998年に「年鑑日本のパッケージ」入選し、2000年にARTBOX刊「現代日本のイラストレーション」に掲載され、アートバンク刊「日本のイラストレーター1000人」でピックアップアーティスト7人に選出される。
「カゴメ」トマトジュース及び野菜ジュースパッケージ、NHK出版「こころの時代」表紙、サントリーワイン「彩食健美」ラベル用イラストなどを多数描いているほか、全国各地で個展を開催し、博物館の壁画も手掛ける。
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- 朝倉雲鶴(画家)
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(本名:朝倉利子)
1947年生まれ。玉野市宇野出身。
1994年神奈川県在住中に参加したワークショップで絵手紙に出逢う。
第四回心暖まる「家族への手紙」100文字のメッセージで入賞を始め、数々の賞を受賞。
1998年片岡鶴太郎氏より雅号を贈られ「雲鶴(うんかく)」として活動スタート。
2002年テレビ朝日「徹子の部屋」に出演。
朝日新聞社「がんと向き合って」挿絵担当、学研より画集「いのちの輝き—朝倉雲鶴の世界」出版、三輪書店より緩和ケア「いのちの歌」を12年連載。
その他、イタリア・ミラノなど国内外で8回の個展開催、老人ホームなどで壁画を制作。
2003年 玉野ふるさと大使に任命される。
2012年に玉野市へ帰郷。
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- 塚本勝巳(専門:海洋生命科学)
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1948年生まれ。玉野市立日比小学校、玉野市立日比中学校、岡山県立玉野高等学校出身。1971年 東京大学農学部水産学科を卒業。
東京大学大気海洋研究所教授を経て、2013年同大退職後、東京大学名誉教授、日本大学生物資源科学部教授に就任。2018年日本大学退職後、東京大学農学生命科学研究科特任教授、現在に至る。
ウナギ研究の第一人者。「うなぎ博士」の愛称で知られる。独自の海山仮説、新月仮説、塩分フロント仮説に基づき、2009年に世界で初めて天然ウナギの卵をマリアナ諸島西方海域で採集,産卵場の特定に成功した。
2007年日本農学賞・読売農学賞、2012年日本学士院エジンバラ公賞、2013年海洋立国推進功労者表彰(内閣総理大臣賞)など、数々の賞を受賞。 著書に「魚類生態学の基礎」(恒星社厚生閣)、「ウナギ 大回遊の謎」(PHP)、「うなぎ 一億年の謎を追う」(学研教育出版)「ウナギのなぞを追って」( 国語教科書 四下 はばたき 光村図書)などがある。
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- 緋田雅子(フラダンサー)
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岡山県玉野市生まれ、沖縄在住
玉野高校卒業後、東京でファッションデザイナーとして活躍したのち、 1993年 フラダンスと出会う
1996年岡山にてフラダンススタジオ"Hau’oli’s Hula Studio”を設立
(2005年に『Hau’oli’s Masako Aketa Hula Studio』と改名)
数年にわたりフラダンス各大会において優勝・入賞に導く
2013年 ハワイと沖縄の文化を融合させた新しいジャンル「モーラナ」を発表
2018年古事記をモチーフにし創作したCDフォトブック「心音天舞-神代」、絵本「鳥海山-こうとはく」を発表
現在、各教室の指導にあたる他、様々なイベント・講演会等でも活躍中